この記事の目次(12項目)
弁護士・司法書士の既習領域は、出題全体の何%か
中小企業庁が2026年3月17日の検討会第4回で示した資料2には、科目毎の出題割合が現状案として記載されています。法務は17〜18%程度、M&A実務は35〜40%程度、倫理・行動規範は25%程度、財務・税務は20〜23%程度です。弁護士・司法書士が日常業務で扱う領域に最も近いのは法務であり、その配分は全体の17〜18%程度にとどまります。
同じ資料2には、設問数が60問程度、試験時間が120分、実施方式がCBTと記載されています。60問程度に17〜18%程度を当てると、法務はおよそ10〜11問です。残る49〜50問程度は、法律実務の外側から出題されます。この一点が、士業の受験準備で最初に押さえるべき事実です。
なお、この割合は確定した配点ではありません。検討会第4回の資料3には、試験科目一覧が来年度以降の試験実施に向けた現状案であり、試験実施に係る試験案内等で公表する際には変更が生じうる旨の注記があります。本記事の計算は、この現状案を前提とした場合の目安として読んでください。
法務17〜18%——既習でも、問われ方は法律実務と同じではない
法務科目で問われるのは、条文知識そのものではなく、M&Aの工程で起きた事実を正しい要件にあてはめる判断です。出題範囲一覧に挙げられているのは、会社法の株式譲渡承認手続や事業譲渡の株主総会決議、民法上の秘密保持契約からアドバイザリー契約・意向表明・基本合意・最終契約に至る各書面の拘束力、労働契約承継法によるスキーム別の労働契約の扱い、そして弁護士法の独占業務の境界です。
個々の論点は、弁護士・司法書士にとって既知の領域に属します。ただし出題範囲一覧は法令別ではなく、事前相談から最終契約までの時系列に沿って並んでいます。法律ごとに縦に整理された知識を、案件の進行順に横に並べ替える作業が、既習者にとっての実質的な負荷になります。
立場の違いも影響します。弁護士・司法書士が普段立つのは、依頼者一方の代理人または手続の受任者の位置です。中小M&A資格試験が想定するのは、譲り渡し側と譲り受け側の間に立つ支援者の位置です。同じ会社法の手続を扱っても、誰の利益をどこまで代弁できるかという前提が変わります。
弁護士と司法書士で、重なる位置は同じではない
弁護士の既習は、民法の契約法、労働法、そして弁護士法の独占業務の境界にまたがります。契約書の条項ごとに拘束力の有無を判定する作業は、法務科目の中心に近い位置にあります。
司法書士の既習は、商業登記と株式譲渡の手続部分で会社法の該当箇所と強く重なります。株式譲渡の承認機関、事業譲渡に必要な株主総会決議、会社分割の債権者保護手続は、登記実務で日常的に確認する要件です。一方で、最終契約の表明保証・補償・解除・クロージング前提条件は、登記実務の外側にあります。
重なる位置は職種で異なりますが、法務が17〜18%程度である以上、合格までの距離はどちらの職種でも法務の外側で決まります。
残る82〜83%は3科目に分かれている
100%から法務の17〜18%程度を引くと、82〜83%程度が残ります。内訳はM&A実務35〜40%程度、倫理・行動規範25%程度、財務・税務20〜23%程度です。60問程度に当てはめると、M&A実務が21〜24問程度、倫理・行動規範が15問程度、財務・税務が12〜14問程度に相当します。
3科目のうち最も配分が大きいM&A実務と、2番目に大きい倫理・行動規範を合わせると、60〜65%程度になります。法務と財務・税務を合わせた37〜41%程度より大きい配分です。士業の学習計画では、この2科目に最も多くの時間が向かうことになります。
M&A実務35〜40%——法律論点ではなく工程が問われる
M&A実務は最大の科目です。出題範囲一覧では、事前相談、譲り渡し側・譲り受け側の探索とマッチング、企業概要書、意向表明、基本合意、デューデリジェンス、最終契約、クロージング、そしてPMIまでの工程が並びます。ここに中小M&A市場や中小企業政策も含まれます。
弁護士・司法書士が案件で関与するのは、多くの場合この工程の後半、最終契約の作成前後と手続の実行部分です。試験はその手前の工程、たとえば相談の受け方や譲り渡し側の意思決定支援、情報開示の順序についても問います。関与実績のある案件が何件あっても、工程の前半に触れていなければ得点にはつながりません。
倫理・行動規範25%——代理人の立場と、支援機関の立場は別
倫理・行動規範は法務より配分が大きく、25%程度です。出題範囲の母体は中小M&Aガイドラインで、利益相反の管理、秘密保持と情報管理、直接交渉の制限、専任条項やテール条項の適正化、不適切な譲り受け側の排除、反社会的勢力との関係遮断といった行動指針が並びます。
弁護士職務基本規程や司法書士の倫理規程と重なる考え方はあります。ただしガイドラインは、両当事者と同時に契約する仲介者の立場を前提とした遵守事項を含みます。一方当事者の代理人という前提のもとで身につけた判断基準を、そのまま持ち込むと肢の選び方がずれます。
禁忌肢は「知らない」ではなく「伝えない」を落とす
4科目のうち禁忌肢が設定されるのは倫理・行動規範だけです。資料2には、参考として禁忌肢に関するサンプル問題が1問示されています。4肢択一で、仲介者として善管注意義務を果たすうえで最も適切な対応を選ぶ形式です。
禁忌肢とされたのは、譲り受け側の社長と反社会的組織との交友関係を確認していながら、成約や手続の進行を優先して譲り渡し側の社長に説明せずに取引を進める、という選択肢です。正答とされたのは、譲り受け側の調査結果を譲り渡し側に報告し、最終契約の締結前にリスクを説明する対応です。
この2つの肢は、支援者が同じ情報を握っている点で共通しています。分かれ目は、その情報を依頼者に渡したかどうかだけです。禁忌肢が測っているのは知識の有無ではなく、不利益な情報を依頼者に届けたかどうかという行動の向きです。法律知識の量では、この関門は越えられません。
科目別50%が、法務の得点を貯金にさせない
資料2には、総得点の70〜80%程度の得点率を合格基準とし、あわせて各科目に50%程度の合格最低点を設定する案が記載されています。60問程度なら、総得点の基準は42〜48問程度に相当します。
法務が10〜11問程度である以上、法務で全問正解しても積み上がるのは10〜11問です。逆に、法務以外の科目で1つでも50%程度を割れば、総得点が基準を超えていても合格基準を満たしません。M&A実務なら21〜24問中11〜12問程度、倫理・行動規範なら15問中8問程度、財務・税務なら12〜14問中6〜7問程度が、それぞれの最低ラインの目安です。
つまり既習科目の高得点は、他科目の不足を埋める貯金として使えません。士業の受験準備で最も避けたいのは、法務を磨いて安心してしまう状態です。
弁護士法の独占業務の境界は、支援者の側から問われる
法務の出題範囲一覧には、弁護士法が項目として挙げられています。弁護士にとっては受任する側から見慣れた論点ですが、試験が想定する解答者は支援者の側です。支援者が自ら扱ってよい範囲と、弁護士に引き継ぐべき範囲の線引きが問われる形になります。
中小M&Aガイドラインにも、支援機関が士業等専門家と連携する場面の記述があります。弁護士・司法書士が受験する場合、この論点は自分の業務範囲の説明ではなく、他者に引き継ぐ判断として読み替える必要があります。
合格後の登録は、士業の資格登録とは別の枠組みで動く
検討会第5回の資料2(2026年7月21日)には、資格の登録要件の案として、試験合格、誓約書の提出、登録講習の修了、欠格事由に該当しないことの確認の4点が示されています。有効期限は、期限なしとする案と3〜5年などの一定期間を設定する案が併記されています。期間を設定する場合は、更新講習の修了と誓約書の再提出が更新要件の案とされています。
同資料には、登録者検索システムで氏名・登録番号・登録年月日・所属先名を公表する案も示されています。これらはいずれも現状案です。弁護士会・司法書士会への登録とは別の枠組みであり、士業資格による免除の有無は2026年9月10日時点で公表されていません。
また、この資格がM&A支援機関登録制度の登録要件になるかどうかも、2026年9月10日時点で公表されていません。試験を実施する事業者としては、2026年5月1日に株式会社銀行研修社が採択されています。試験日・受験料・受験申込方法・受験資格は、いずれも2026年9月10日時点で公表されていません。
学習の入口を、法務の外側に置く
既習科目から着手すると、机上の進みは速く感じられます。一方で、合否を分ける82〜83%程度には触れないまま時間が過ぎます。士業が最初にやるべきことは、法務の復習ではなく、法務以外の3科目の現在地を測ることです。
測る順序を1つ選ぶなら、倫理・行動規範からです。配分が25%程度と法務より大きく、しかも4科目で唯一、禁忌肢という別の関門が置かれる科目だからです。ここが50%程度を割っている状態で他科目を進めても、合格基準の構造上は前に進みません。
次の一歩:法務以外の3科目から、50%を割っている科目を1つ特定する
今日できることは1つです。M&A実務、倫理・行動規範、財務・税務の3科目について、いまの正答率が50%程度を上回っているかどうかを、無料の実力診断で確かめてください。法務は今回測らなくてかまいません。3科目のうち最も低い1科目が分かれば、それが最初に時間を投じる場所になります。
いまそれをやる価値は、この記事の計算そのものにあります。弁護士・司法書士の合否は、既習である法務10〜11問程度の出来ではなく、法務以外の49〜50問程度のどこが科目別の最低ラインを割っているかで決まるからです。無料登録をすると診断・模試の結果が保存され、次回以降の学習の起点として使えます。
弁護士や司法書士は、中小M&A資格を取る必要がありますか。
2026年9月10日時点で、弁護士・司法書士に受験義務や取得義務が課されることは公表されていません。受験資格そのものも公表されていません。この資格がM&A支援機関登録制度の登録要件になるかどうかも、同時点で公表されていません。
法務科目は、弁護士なら勉強しなくてよいですか。
いいえ。法務は60問程度のうち10〜11問程度に相当し、各科目に50%程度の合格最低点を設定する案が示されているため、法務でも5〜6問程度の正解が必要です。加えて出題範囲一覧は法令別ではなく契約の時系列で並んでおり、条文知識を工程順に並べ替える作業が必要になります。
司法書士の登記実務は、どこまで通用しますか。
会社法の手続部分、たとえば株式譲渡の承認機関や事業譲渡に必要な株主総会決議、会社分割の債権者保護手続とは強く重なります。一方で、最終契約の表明保証・補償・解除・クロージング前提条件、およびM&A実務35〜40%程度と倫理・行動規範25%程度の領域は、登記実務の外側にあります。
合格したあと、弁護士登録や司法書士登録とは別に何か必要ですか。
検討会第5回の資料2には、登録要件の案として試験合格・誓約書の提出・登録講習の修了・欠格事由に該当しないことの確認の4点が示されています。有効期限は期限なしとする案と3〜5年などの一定期間を設定する案が併記されており、いずれも現状案です。士業資格による免除の有無は2026年9月10日時点で公表されていません。
今から何を準備すればいいですか。
法務以外の3科目の現在地を測ることから始めます。M&A実務、倫理・行動規範、財務・税務の順に正答率を出し、50%程度を割っている科目を特定してください。試験日が2026年9月10日時点で公表されていないため日程からの逆算はできませんが、現在地の測定は今日から実行できます。