この記事の目次(12項目)
公表サンプル問題は、譲受側が3つの軸でスキームを選ぶ設定になっている
中小企業庁が検討会第4回資料2で公表したM&A実務のサンプル問題は、スキーム選択を問う四肢択一です。設問は、非上場企業A社の第三者承継に伴い、譲受候補B社が「A.契約や許認可の取扱い」「B.偶発債務の承継」「C.手続きの煩雑さ」等を考慮したうえで、株式譲渡と事業譲渡のいずれかを選ぶという設定です。解答欄はA・B・Cの各説明文の空欄に株式譲渡と事業譲渡のどちらが入るかを組み合わせで選ぶ形式で、正答は①です。
この形式が受験者に要求しているのは、株式譲渡と事業譲渡の定義を言えることではありません。3つの軸それぞれについて、どちらの手法がどちら側に置かれるかという向きを、同時に3つとも正しく答えることです。1つの軸を取り違えた時点で、残り2つが合っていても選択肢は外れます。
軸A:契約や許認可の取扱い
資料2の説明文は、一方の手法では既存の契約・許認可が原則として存続し、他方の手法では許認可が譲受側に承継されないことが多く新規取得を要する、と書き分けています。正答に従えば、既存の契約・許認可が原則存続するのが株式譲渡、許認可の新規取得を要することが多いのが事業譲渡です。
この軸は、実務で最初に効いてくる軸です。建設業や運送業のように許認可が事業の前提になっている譲渡対象では、事業譲渡を選んだ瞬間に許認可の取り直しが工程に入ります。譲受候補が工程表を引くときに最初に確認する項目であり、試験でも支援者がこの差を説明できるかが問われます。
軸B:偶発債務の承継
資料2の説明文は、一方の手法では偶発債務を含めて会社の負債をそのまま引き継ぎ、他方の手法では対象となる資産・負債を個別に移転させるためリスクを切り離しやすい、と書き分けています。正答に従えば、偶発債務を含めて引き継ぐのが株式譲渡、リスクを切り離しやすいのが事業譲渡です。
軸Aと軸Bは、譲受側にとっての評価が正反対になります。軸Aでは「そのまま引き継げる」ことが利点として働き、軸Bでは「そのまま引き継いでしまう」ことが負担として働きます。同じ性質が、見る角度によって利点にも負担にもなるという点が、この2つの軸の関係です。
軸C:手続の煩雑さ
資料2の説明文は、一方の手法について、株主総会決議や債権者との契約の個別移転手続が必要であり手続は比較的複雑になる、と書いています。正答に従えば、これに当たるのは事業譲渡です。
軸Cだけは、株式譲渡と事業譲渡のうち事業譲渡の側に負担が置かれ、軸Aと軸Bのように両方の手法を対比させる形になっていません。設問の空欄も、軸Cは1か所です。つまり3つの軸のうち、2つは対比、1つは一方への言及という非対称な構成になっています。
3つの軸は、1つの違いから全部導ける
株式譲渡と事業譲渡を分けているのは、会社という器ごと動かすか、資産と契約を1件ずつ動かすかという1点です。株式譲渡では株主が変わるだけで会社は同じ法人として残るため、その会社が結んでいた契約も、取得していた許認可も、抱えていた偶発債務も、あわせて譲受側の側に移ります。事業譲渡では移す対象を1件ずつ特定して移転させるため、拾わなかったものは移りません。
この1点を押さえると、3つの軸は個別の知識ではなくなります。契約・許認可が存続するのも、偶発債務が付いてくるのも、器ごと動かすという同じ理由から出ています。手続が個別に必要になるのも、1件ずつ動かすという同じ理由から出ています。3つの軸は、1つの違いを3方向から見た記述です。
誤答の選択肢は、1つの軸だけを入れ替えて作られている
公表されている4つの選択肢は、A・B・Cの組み合わせを入れ替えたものです。正答①に対し、②はAとCを正答と同じにしたままBだけを反転させた組み合わせです。③と④はAとBを正答と逆にしたうえで、Cの扱いを変えています。
この作りは、受験者がどこで判断を誤るかを前提にしています。軸ごとに表を暗記した人は、3つの欄を1つずつ思い出す作業になるため、どれか1つを取り違えた時点で②のような選択肢に引き寄せられます。器ごと動かすか1件ずつ動かすかという1点から考えた人は、A・B・Cの3欄が同時に決まるため、1欄だけずれた選択肢を選ぶ経路がそもそも生じません。
この項目は出題範囲一覧のどこに置かれているか
検討会第4回資料3の出題範囲一覧では、M&A実務の中項目として「スキームの初期的な検討」が置かれています。その小項目には、株式譲渡・取得、事業譲渡・取得、会社分割、第三者割当の引受、株式交換・株式移転・株式交付、合併(吸収・新設合併等)が並んでいます。
つまりサンプル問題が扱った株式譲渡と事業譲渡は、この中項目の入口の2つです。中小企業庁が示した出題割合の現状案では、M&A実務は35〜40%を占めます。スキームの比較判断は、この科目の中の1論点であって科目そのものではありません。
同じ中項目名が、M&A実務と財務・税務の両方に置かれている
検討会第4回資料3の出題範囲一覧では、「スキームの初期的な検討」という中項目名がM&A実務だけでなく財務・税務にも置かれています。財務・税務側は「スキームの初期的な検討(財務上の留意事項)」と「スキームの初期的な検討(税務上の留意事項)」に分かれ、前者には各種スキームに伴う会計処理に関する基礎知識、後者にはスキーム別の税務面に関する考え方が並びます。
同じスキーム選択が、2つの科目で別の角度から範囲に入っているということです。M&A実務では譲受側がどちらを選ぶかという判断の軸が問われ、財務・税務では選んだスキームに伴う会計処理と税務面の考え方が問われます。科目別最低基準がある試験では、片方の科目でしか準備していない論点は、もう片方の科目の失点として現れます。
設問が譲受候補の側から書かれていることの意味
このサンプル問題の設定は、譲受候補B社が3つの軸を考慮してスキームを選ぶというものです。3つの軸の向きは、譲受側にとっての利点と負担として記述されています。軸Aの契約・許認可が存続することも、軸Bの偶発債務が付いてくることも、引き継ぐ側から見た記述です。
一方で仲介者・FAは、譲渡側にも同じ3つの軸を説明する立場に置かれます。譲渡側から見れば、偶発債務を含めて会社ごと手放せることは利点として働き、事業譲渡で一部の資産・契約が手元に残ることは検討事項になります。同じ軸でも、どちらの当事者の側から述べるかで利点と負担が入れ替わります。設問文がどちらの当事者を主語にしているかを最初に確認する習慣は、この形式の設問で向きを取り違えないための手順です。
覚えるべきなのは比較表ではなく、向きを決める理由
株式譲渡と事業譲渡の比較表は、市販の書籍にもウェブ上の解説にも数多く存在します。ただし表を写して覚える学習は、この問題形式に対しては効率が落ちます。表は行が増えるほど覚える対象が増えますが、器ごと動かすか1件ずつ動かすかという理由は1つしかなく、行が増えても覚える対象は増えないからです。
学習の手順としては、まず資料2の3つの説明文を読み、それぞれの向きを自分で理由から説明できるかを確かめます。次に、資料3の小項目に並ぶ会社分割や株式交換についても、器ごと動かす側と1件ずつ動かす側のどちらに近いかを自分で位置づけます。表を先に覚えると、この位置づけの作業ができません。
2026年9月22日時点で公表されていないこと
中小M&A資格試験の試験日、受験料、受験申込方法、受験資格、合格率、受験者数、試験の正式名称、公式テキストは、2026年9月22日時点でいずれも公表されていません。中小企業庁が2026年5月1日に公表した委託先の採択結果には、委託先が株式会社銀行研修社であることは記載されていますが、試験日・受験料・申込方法の記載はありません。
このため、サンプル問題の配点や、スキーム選択がサンプルと同じ形式で本試験に出るかどうかも、確定した情報としては存在しません。出題割合35〜40%という数字も、検討会資料に示された現状案です。
次の一歩:模試の誤答を「1点で決まる問題」と「そうでない問題」に仕分ける
この記事を読んだあとに今日できることは1つです。無料の模試でM&A実務の設問を解き、間違えた設問を、器ごと動かすか1件ずつ動かすかという1点から決められたはずの問題と、その原理では決まらない問題(工程の順序や、誰が実施主体かを問う問題)の2つに仕分けてください。
この仕分けが必要なのは、前者と後者で復習の方法が正反対になるからです。前者は理由を1つ押さえ直せば同型の設問がまとめて解けるようになり、後者は工程表を書き出して順序と主体を確認する作業が要ります。どちらの失点が多いかが分からないまま学習時間を配分すると、必要のない側に時間が流れます。無料登録をしておくと診断・模試の結果が保存され、次に解いたときに同じ仕分けで前回と比べられます。
株式譲渡と事業譲渡の違いを一言でいうと何ですか
会社という器ごと動かすのが株式譲渡、資産と契約を1件ずつ動かすのが事業譲渡です。中小企業庁が公表したサンプル問題で問われる契約・許認可の存続、偶発債務の承継、手続の煩雑さの3点は、いずれもこの1点から向きが決まります。
事業譲渡では許認可はどうなりますか
検討会第4回資料2は、許認可が譲受側に承継されないことが多く新規取得を要する、と説明しています。株式譲渡では既存の契約・許認可が原則として存続する、と同じ資料が書き分けています。
このサンプル問題は何肢択一ですか
四肢択一です。中小企業庁が公表した正式なサンプル問題はM&A実務・財務・税務・法務・倫理・行動規範の各1問で、参考として禁忌肢のサンプル問題1問が別に示されています。
スキーム選択は本試験でも出ますか
本試験の出題内容は2026年9月22日時点で公表されていません。確認できるのは、検討会第4回資料3の出題範囲一覧にM&A実務の中項目として「スキームの初期的な検討」が置かれ、その小項目に株式譲渡・取得と事業譲渡・取得が並んでいることです。
今から何を準備すればいいですか
資料2の3つの説明文を読み、それぞれの向きを理由から説明できるかを確かめてください。そのうえで無料の模試でM&A実務の設問を解き、誤答を原理で決まる問題と工程・主体を問う問題に仕分けると、次に手を付ける範囲が決まります。