この記事の目次(9項目)
中小企業庁が公表している算定方法は3つである
中小企業庁は、中小M&Aガイドライン第3版の参考資料2「中小M&Aの譲渡額の算定方法」で、譲渡額の算定方法を3つ示している。(1)簿価純資産法、(2)時価純資産法(修正簿価純資産法)、(3)類似会社比較法(マルチプル法)である。この3つが、2026年10月29日時点で中小企業庁が中小M&Aの文脈で手法名を明示している範囲である。
実務の解説記事ではこれ以外の手法名が並ぶことがあるが、参考資料2に番号付きで置かれているのはこの3つに限られる。中小M&A資格試験(仮称)の対策として一次資料だけで学習する場合、まずこの3つの定義と限界を押さえるのが出発点になる。
参考資料2は、3つの手法とは別に<参考>として、純資産に数年分の利益を加算する考え方も記載している。これは番号付きの手法としてではなく、交渉の結果として生じる形の説明として置かれている。
(1)簿価純資産法——貸借対照表の純資産がそのまま株式価値になる
参考資料2は簿価純資産法を「貸借対照表の純資産が株式価値となる手法である」と定義している。貸借対照表の数字をそのまま使うため、算定にかかる手間と費用が小さい。
同資料は同時にこの手法の限界を示している。帳簿価額(簿価)と時価が大幅に乖離している場合や、簿外資産・負債がある場合等は、本来の株式価値を表していないこともある、という記載である。簿価純資産法の弱点が「簿価と時価の乖離」と「簿外の資産・負債」の2点に整理されている点は、確認しておく価値がある。
(2)時価純資産法(修正簿価純資産法)——簿外の項目まで時価で見直す
時価純資産法は、貸借対照表の資産・負債を時価で評価し直して株式価値を算定する手法である。参考資料2は、時価評価の対象に簿外の項目も含まれるとして、保険の解約返戻金や退職給付債務等を例に挙げている。
すべての資産・負債を時価評価すると、時価の算定等にコストや時間を要するケースがある。このため参考資料2は、中小M&Aでは不動産や有価証券など一部の資産・負債のみを時価評価する「修正簿価純資産法」を用いるケースも多いと記載している。対象を絞る理由として、これらの項目が株式価値に与える影響が大きく、かつ時価が比較的得やすいことが挙げられている。
「時価純資産法」と「修正簿価純資産法」は、参考資料2では別々の手法ではなく、評価の対象範囲が全部か一部かの違いとして同じ項目のなかで説明されている。2つを別手法として覚えると、資料の構造とずれる。
(3)類似会社比較法(マルチプル法)——EV/EBITDA倍率で算定する
類似会社比較法は、対象会社(譲り渡し側)に類似した上場会社の企業価値などから倍率を求め、それを対象会社に当てはめて株式価値を算定する手法である。参考資料2は、中小M&AではEV/EBITDA倍率が最もよく用いられる指標であると記載している。
参考資料2が示すEV/EBITDA倍率法の計算式は、株式価値=EBITDA×EV/EBITDA倍率−純有利子負債(有利子負債−現預金)である。純有利子負債を差し引く点が、純資産法との計算上の大きな違いになる。
EBITDAについて、参考資料2は簡易的に「営業利益+減価償却費」で算定をするケースが多いとしている。中小M&Aの実務で使われる近似の形がそのまま資料に書かれているため、計算の入口でつまずく余地は小さい。
この手法には2つの注意点が示されている。1つは、選定する上場会社等が適切か否かは注意する必要があるという点である。もう1つは、中小企業は上場会社と比して株式の流動性が低い点を考慮し、30%程度ディスカウント(非流動性ディスカウント)するケースもあるという点である。
3つの手法は、何によって値が動くかが異なる。簿価純資産法は貸借対照表の数字だけで決まるため、簿外の資産・負債があっても値は動かない。時価純資産法は簿外の項目を取り込むので、保険の解約返戻金や退職給付債務の有無が値に反映される。類似会社比較法は、選んだ上場会社と収益力(EBITDA)、そして純有利子負債の水準で値が動く。同じ会社でも手法によって結果が変わる理由は、この見ている対象の違いにある。
<参考>純資産に数年分の利益を加算する場合——年数は通常1年〜3年
参考資料2は、時価純資産法(又は簿価純資産法)により算定した純資産に、数年分の任意の利益を加算した金額を譲渡額とする場合もあると記載している。加算する利益は税引後利益または経常利益等とされている。
加算する年数について、同資料は「通常1年〜3年」であり、事例ごとに異なり交渉によって決まるケースが多いとしている。年数が固定されていないこと自体が、この形が計算の手法ではなく交渉の結果であることを示している。
算出された金額は、そのまま譲渡額にはならない
参考資料2は冒頭で、算出された金額が必ずそのまま譲渡額となるわけではないと明記している。交渉等の結果、(1)又は(2)で算出された金額に数年分の任意の利益を加算する場合等もあり、当事者同士が最終的に合意した金額が譲渡額となるという点は理解されたい、という記載である。
この一文は、算定方法の学習範囲を規定している。手法は合意形成のための出発点であり、最終的な金額を一意に決める装置ではない。支援者の役割は、算定根拠を当事者に説明できる状態にすることであって、特定の手法の値を正解として提示することではない。
出題範囲一覧では「バリュエーション」が2つの科目に置かれている
検討会第4回 資料3の出題範囲一覧では、「バリュエーション」という中項目がM&A実務と財務・税務の2つの科目に置かれている。M&A実務側は実施方針の決定・調査および情報収集・金額の算定という工程の名前で、財務・税務側はバリュエーションに関する財務知識という知識の名前で置かれている。
出題範囲一覧に、簿価純資産法・時価純資産法・類似会社比較法といった手法名を示した小項目は置かれていない。手法名は参考資料2の側にあり、出題範囲一覧の側にはない、という分かれ方をしている。
財務・税務の出題割合は現状案で20〜23%、M&A実務は35〜40%である。いずれも検討会資料に示された現状案であり、確定した数値ではない。科目ごとの合格基準は現状案で50%程度とされており、科目別に判定される。
この構造から、算定方法の学習は2方向に分かれる。どの手法を選び、どの情報を集めるかという判断はM&A実務側の工程に対応する。純資産・EBITDA・純有利子負債といった数値の扱いは財務・税務側の知識に対応する。自分の誤りがどちらで起きているかを分けないと、同じ種類の誤りを繰り返すことになる。
2026年10月29日時点で公表されていないこと
中小M&A資格試験(仮称)の試験日、受験申込方法、受験料、受験資格、公式テキストは、2026年10月29日時点で公表されていない。試験の正式名称も確定していない。
バリュエーションに関する出題の形式も公表されていない。公表されているサンプル問題のうち財務・税務の1問はフリー・キャッシュ・フローの算定を問うもので、参考資料2の3手法を直接問う問題は公表されていない。
次の一歩:EV/EBITDA倍率法の式を、この記事を閉じた状態で書き出す
今日できる行動は1つである。この記事を閉じて、EV/EBITDA倍率法の式を何も見ずに書き出す。株式価値、EBITDA、EV/EBITDA倍率、純有利子負債の4つの要素が正しい位置に並ぶか、純有利子負債を足すのか引くのかで手が止まらないかを確かめる。3手法のなかで計算式が明示されているのはこの1つだけなので、書けるかどうかが財務・税務側の知識の有無をそのまま映す。
書けなかった場合、原因が式の記憶なのか、純有利子負債の定義なのかで次に読む資料が変わる。無料の模試を1回通すと、バリュエーション関連の誤答が「手法の選択」と「金額の計算」のどちらに寄っているかが科目別の結果として分かれて出るため、この切り分けを自分の答案で行える。無料登録をしておくと診断・模試の結果が保存され、次に受けたときに同じ論点で詰まっているかを比較できる。
中小M&Aの譲渡額の算定方法は何種類ありますか。
中小企業庁が中小M&Aガイドライン第3版の参考資料2で番号を付けて示しているのは3つです。簿価純資産法、時価純資産法(修正簿価純資産法)、類似会社比較法(マルチプル法)です。これとは別に、純資産に数年分の利益を加算する考え方が<参考>として記載されています。
時価純資産法と修正簿価純資産法は別の手法ですか。
参考資料2では別の手法としてではなく、時価評価する対象の範囲の違いとして説明されています。すべての資産・負債を時価評価するのが時価純資産法で、不動産や有価証券など一部のみを時価評価するものを修正簿価純資産法と呼び、中小M&Aではこちらを用いるケースも多いと記載されています。
EV/EBITDA倍率法の計算式を教えてください。
参考資料2は、株式価値=EBITDA×EV/EBITDA倍率−純有利子負債(有利子負債−現預金)と示しています。EBITDAは簡易的に営業利益+減価償却費で算定するケースが多いとされています。中小企業は株式の流動性が低い点を考慮し、30%程度ディスカウントするケースもあると記載されています。
算定した金額がそのまま譲渡額になりますか。
なりません。参考資料2は、算出された金額が必ずそのまま譲渡額となるわけではなく、当事者同士が最終的に合意した金額が譲渡額となる、と明記しています。交渉の結果、算出額に数年分の任意の利益が加算される場合もあるとされています。
出題範囲一覧に算定方法の名前は載っていますか。
載っていません。検討会第4回 資料3の出題範囲一覧には「バリュエーション」という中項目がM&A実務と財務・税務の2科目に置かれていますが、簿価純資産法などの手法名を示した小項目はありません。手法名は中小M&Aガイドラインの参考資料2の側に記載されています。
今から何を準備すればいいですか。
EV/EBITDA倍率法の式を何も見ずに書き出せるかを確かめるところから始めます。3手法のうち計算式が明示されているのはこの1つだけで、書けるかどうかが財務・税務側の知識の有無を映します。そのうえで無料の模試を1回通し、バリュエーション関連の誤答が手法の選択と金額の計算のどちらに寄っているかを科目別の結果で切り分けます。